マハリクマライア

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アムステルダム旅行記!!2~アンネの家~

マライアです。





忙しさにかまけてアムステルダム初日から、すっかり更新がストップしておりました

ごめんなさい…



花市へ行った翌日は、日本にいる時からオランダへ行ったら必ず行こうと下調べしていた2つの場所へ行くことに。

まず1ヵ所目はここ。



DSC_0605.jpg


外観は当時よりだいぶ綺麗になってしまっていますが、

ここはアンネ・フランクの家です。

そう、日本でも


“アンネの日記”


で有名な、あのアンネ・フランクの家。


m_20090731-anne_frank-4-3023b_20091130004150.jpg


家というよりも、ここは父オットー・フランクの経営していた工場。

そして、ここの屋根裏部屋でアンネの家族を含む8人のユダヤ人が身をひそめていたのです。


外観こそこんなに綺麗になっているものの、

屋根裏部屋はそのままの状態で保存されています。

いつ見つかってもおかしくない状況の中、

工場の従業員もアンネたちが屋根裏に隠れていることは知りません。

なので、工場の営業時間中は、

足音をたてることはもちろん、トイレに行くこともできないのです。


中は撮影禁止だったため、資料画像から抜粋。

屋根裏への入り口はこんな感じです。

IMG_20080518182439_20091130004150.jpg


普段は右のような本棚で隠れた状態。

出入りする時は本棚をひきます。

この本棚も当時のままで、私もここから屋根裏へ行きました。



急な階段を登ると広い部屋へ出ます。

広いと言っても、ここで8人が暮らすにはとても広いとは言えない部屋。

アンネたちの部屋はその部屋の隣で、

壁紙が当時のまま保存されています。



しみだらけの壁には、当時の映画スターの写真や、好きだった女優さんの写真、

可愛らしいポストカードなんかが沢山貼られていました。

それは全て、アンネ本人がはったもの。

辛い潜伏生活の中で、少しでも部屋が明るくなるように、

家から潜伏先のここへ来る時に、お気に入りの写真やポスターを持ってきていたそうです。



ヒトラーが政権を握りユダヤ人への弾圧が徐々に激しくなってゆきました。



ユダヤ人は黄色い星印をつけなくてはいけない。

ユダヤ人は映画館など、一切の娯楽施設へ入ってはいけない。

ユダヤ人は自転車を提供しなくてはいけない。例え自家用車でも車を運転してはいけない。

ユダヤ人は夜の8時から朝の6時まで家から出てはいけない。

ユダヤ人は午後の3時から5時の間までしか買い物をしてはいけない…………



弾圧はこれからますます激しくなるだろうと察知したアンネの父は、

奥さんと相談し、潜伏生活を提案します。

選択する余地は無く、アンネや姉マーゴットは、荷物を少なくするために何枚もの服や靴下を重ね着し、最低限の荷物を持って家を後にしました。

彼女たちの出た家は、まるで夜逃げをしたかのように、

何もかもがそのままの状態だったそうです。


潜伏生活の面倒を見てくれることになったのは、

オットーフランクと働いていた信頼できるドイツ人夫婦をふくむ4人。


「これまでわたしたちが生きのびてこられたのも、ひとえにこの人たちのおかげです。わたしたちの存在は、きっとたいへんな重荷になっているにちがいないのに、この人たちの口から、そういう愚痴は一言たりと聞かれません。」
                                              アンネの日記より抜粋。


彼らは、アンネたちへの食料や物資を、いつもこっそりと届けてくれていました。



隠れ家での生活は2年以上続きました。

そして1944年8月4日。

今も誰かは分かってはいませんが、秘密警察への誰かの密告により、

アンネの家族を含む8人のユダヤ人が、収容所へ送られることとなりました。



e0048245_9132788.jpg


写真の真ん中の男性が、アンネの父、オットー・フランク。

ほかの4人が協力者です。

協力者の4人も逮捕されたものの、すぐに釈放。

しかし、収容所へ送られた8人は、

オットー以外の全員が亡くなりました。




「いつかは全てが正常に復し、いまのこういう非道な出来事に終止符が打たれて、平和な、静かな世界がもどってくるだろう、と。それまでは、なんとか理想を保ちつづけなくてはなりません。だってひょっとすると、ほんとにそれらを実現できる日がやってくるかもしれないんですから。」                                      
                                                アンネの日記より抜粋。



釈放された後、将来作家になりたかったアンネの夢を、父オットーが叶えることになります。


そしてアンネの家には、

終戦後、

ドイツ軍に家の中のものを全て持ち出され、家族も何もかも失ったオットーが、何も無い家に戻り、

一人たたずむ写真がありました。

その時の彼の気持ちなど、私にはとても知ることなど出来ません。


人間が、同じ人間にこんなにも非道なことが出来たなんて、

まるで実感の無い別の世界の出来事のようでした。

でも実際にそんなことが当たり前に起きていたこと。


私がどんなに口で言っても、

ここで私の感じたことを同じように感じることは出来ないと思いますが、

少しでもいろんな人に、彼女のこと、当時のことを知ってもらいたいなと思いました。



ブラウン管や本の中の世界が目の前にあってその場にいる感じ。

なんだか不思議でした。

そして、世界で起きていたことを実際に自分の目で見ること、感じること、知ること。

とても大事なことだと痛感しました。




彼女の夢が叶い、彼女の想いが何千万人にも伝わっていること。

きっと彼女も喜んでいるはずです。




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