マハリクマライア

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ヨーロッパ旅行記~1968年-1989年~

マライアです。





昨年のこの旅。

目的は、共産主義時代のアートを知ること。


だから旅の旅程、3分の2を東欧で過ごしていたのですが、

東欧では最初に訪れたここチェコはプラハ。


プラハと言えば、

きっと皆さん聞き覚えのあるはず"プラハの春"。

そして"ビロード革命"。


アートのことを知りたいという前に、

プラハのこと、東欧のことをいろいろと勉強してからにしよう。

そう思い、旅の前に色々と本を読みあさったり、勉強してからこの旅にのぞみました。


みなさん学生の頃などに聞き覚えはあるであろう、

プラハの春。

ビロード革命、または無血革命。





聞き覚えはあるけれど、

プラハの春、ビロード革命とは一体何だったのか?




東欧諸国が共産主義のもと、

スターリンの影響下にあった時代、

そしてチェコがまだ、チェコスロヴァキアだった時代。

共産主義に対する国民の反抗や批判は、東欧諸国に広く広がり始めており、

1968年の春、ついにチェコにもその火が飛び火。

圧政を強いられていた国民たちを前に、

ドゥプチェク党第一書記のもと出版物の検閲の廃止を筆頭にした言論の自由や、

改革派が政権の中枢を占めるという動きが起こりました。



これがいわゆる"プラハの春"の始まり。



もちろん、自由と民主化を求めていた国民たちは活気づき、

活動が休止状態に追いやられていた反体制派や各種政党も活気ずき、

国は変わろうという気運をみせていました。


ですがそれを許さなかったのはソ連。

この時代、東側諸国に対して大きな力で支配を続けていたソ連は、

この民主化を求める動きに警戒を強め、

ついにはソ連、東ドイツ、ポーランド、ハンガリー、ブルガリアの5か国軍20万によって、

8月20日夜。

一気にチェコスロヴァキアに攻め入ったのです。

これが、ワルシャワ条約機構軍によるチェコスロヴァキアへの軍事介入、"チェコ事件"です。


このチェコ事件によりプラハの春は挫折。

改革を進めていたドゥプチェクを中心とする政治指導者たちは、全員ソ連へ連行され、

チェコスロヴァキアはワルシャワ機構軍によって軍事占拠されることとなりました。

自由への道を再び閉ざされたチェコスロヴァキアは、

ビロード革命の成功する1989年までの21年間、

再び言論と表現の自由は奪われ、

共産主義に反抗したものは職を失い、国を追われ、政府が国民を監視し、圧政を強いるという、

プラハの春以前の状態をおくらざるをえない状態となったのです。



プラハの春を挫折に追い込まれた1968年の夏から数カ月後の69年1月。

1人の学生がある行動を起こしました。

彼の名はヤン・パラフ。

ソ連の軍事侵攻と占拠に、自分の命をもって抗議した学生です。


ヴァーツラフ広場にある像の前で、ガソリンをかぶり焼身自殺。


なんて悲しくて、悲惨なことなんだろう。



しかしその後、

20数年に及ぶ圧政に苦しみ続けた東側諸国の国民達の、

自由を求める声はいよいよ一層の高まりを見せ、

東ドイツ市民によるピクニック計画により、

1000人の東市民がハンガリー・オーストリア国境を越え西ドイツに亡命。

ハンガリーがこうした動きを見せたことにより、

チェコスロヴァキアも、しぶしぶながら東ドイツ市民の西ドイツへの亡命を黙認。


こうした動きにより東ドイツ内ではデモが活発化、ハンガリーへの旅行と銘打った亡命計画は後を絶たず、

結果ベルリンの壁の効力は失われ始め、

数日後にはついにベルリンの壁が崩壊します。



これをリアルタイムで目の当たりにした、プラハの学生を中心とした市民たちは奮起し、

最終的には80万人と言われるほどのデモに発展。

ヤン・パラフの死から20年後の1989年。

一滴の血も流すことなく、革命を成功させたのです。


これが、ビロード革命。


"プラハの春の68年をひっくり返すと、89年になるんだよ。"


と、プラハの共産主義博物館で教えてもらいました。





どんに自由を奪われようが、言論を規制されようが、

人の心の中の自由までもは奪えないんだよね。



20数年も、私には想像もできないような圧政に苦しんできた東側諸国の人々。

その中で命を落とした人も沢山いらっしゃったし、

必死に抵抗を続けていた人たちもいる。



だけど国は、いくら権力を持った指導者が力でねじ伏せようとしても、

そこで生きる人なしでは成り立たない。



ただ皮肉なことに、こういった時代があるからこそ、

その時代に生まれるべく生まれたアートがあると思います。


とても強く、意味を持ったアート。

その作品たちは時代を超えて、

今の私たちにも強烈にメッセージを送ってきます。


時代はめぐって、今世界中で生まれている何らかの作品たちも、

きっと今の人々に対してはもちろん、

この先の人々へもメッセージを送ることになるのかもしれません。







fb593dee.jpg


軍事介入でプラハの街が占拠されたのち、

誰も人のいなくなったヴァーツラフ広場。

これは私もとても尊敬する写真家、

ジョセフ・クーデルカの有名な一枚です。




名称未設定 14


そしてこれが今のヴァーツラフ広場。


あの時の様子を感じさせない位、

人でにぎわい華やかで活気ある広場になっています。



またあの時代のような理不尽で、悲惨な時代がめぐりませんように。






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